繰り返しがきかないことを前提に僕らは日々を過ごしている。
そんな常識が覆されたとき、ひとはどうするのだろう。
もうずっと長いこと、自由なんてないと思いこんでいた。与えられた役割の中で過ごし、監視者として生きていく、その毎日に満足しているとすら思っていた。
でも、僕はリセットボタンの存在を知ってしまった。すこしずつ許されてゆくように、僕は彼に近づいていったのだろう。わずかなイレギュラーを薄く積み重ねて、きれいな感情もみにくい欲望も抱えこみながらあがいて、そのときにできる精一杯の選択をして。
なにもかもが消えてしまったわけじゃない。そうでなければ、昨日長門さんの伝言を聞くこともなかった。彼の目からこぼれた、あの涙のうつくしさに目を奪われることもなかった。あのとき彼が、苦しそうに、いとおしそうにつかんだ胸元の、素朴でやさしい指先のかたちを僕は知っている。それは溶け合った時間の集積が僕に残した贈り物であることも。

全員で取り組んだ宿題はやはりそれなりに大変で、ぼんやりとする頭に彼の声は低く沁みわたってきた。きっと彼にはわかっている。僕がほんとうはひどく臆病で莫迦なことも、がんじがらめになった右手を必死に伸ばそうとして結局自ら諦めていることも。きっと、望めば彼はその腕を引き上げてくれる。その身で僕を受け止めてくれる。けれど。いまならわかる。それではだめだ。それだけじゃだめなんだ。彼の、隣で。もっと先まで。手をつないで、進んでいけるように。

いまはまだ僕はおさなくて、弱いばかりだけれども。その一歩を踏みだすのがこわくてたまらないけれども。
594年の時をかけてずっと胸に閉じこめてきた言葉がもたらすだろう困難も苦痛も、いつかすべて幸福に変わることを願いながら、告げた。


好きです、と。



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